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第3話 「賞味期限」
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……数回の戦闘後
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鉄血のアジトにて
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スピットファイア
急ぎましょうウェルロッド。前方のあの要塞……アルケミストはそこにいるはずです
ウェルロッドMkII
あの恐怖を撒き散らす邪悪なる者は、既に私たちを出迎える準備が出来ているのでしょう
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スピットファイアが眉をしかめて前を見やると、アルケミストが要塞の前で冷ややかな笑みを湛えていた
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アルケミスト
ようこそ、ドブネズミども。ちょっと休憩でもするか?
ウェルロッドMkII
何の冗談です?ウォーミングアップが終わったところです
アルケミスト
お前らの通信を傍受していたが実に面白かったぞ。あのスクラップの塊の言葉を聞いてここに来るとは思わなかったが
アルケミスト
ほう?実に立派な口実じゃあないか。私のメモリーにあるグリフィンの木偶人形が言ってたのと大して変わらんが
アルケミスト
お前達は……長い事少しも進歩の無い、くだらんグリフィンのオンボロ人形に過ぎないってわけだ
アルケミスト
お前ら……おそらく考えるという事がどういうことかさえも知らないんだろう?人間の伝染病が人形に移るだなんて、そのうえ私を疑ってるときた、ハハっ!
アルケミスト
ざまぁないな、お前らは時代に淘汰されるべきスクラップだ。どんなウィルスに感染しようが全くおかしくは――
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パァン!
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銃声が響き、アルケミストの軽蔑的な演説を切り上げた
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弾丸がアルケミストの頭髪を掠め、髪の毛が不自然な弧を描き舞い上がると、その後静寂が訪れた
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スピットファイア
75姉さん……もう一度私の大事なあの人にそんな汚い言葉を浴びせてみなさい、すぐにその口を引き裂いてやります
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アルケミストは何も言わず、ただゆっくりと後退すると、遠慮なく笑い声をあげた
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スピットファイア
あいつを疑ったのはやはり間違いなかったようですね。あいつを殺して、基地に連れ帰って研究すればわかるというだけの事……
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……ハロウィン、その夜
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グリフィン基地
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P7はまるで1匹の小さな蝙蝠の如く、自分の身を建物の影から影へ移すように移動していた
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P7
ハロウィンだからって……本当に幽霊が出たりしないわよね?
P7
突然届いたあの暗号化通信は、悪人じゃないとは思うんだけど、ただすっごく怪しくもあるわ……
P7
ちょっとちょっと……あんた私の後ろについて来てよ!他の人に見つかんないでよね!
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P7は小声かつ切迫した様子で近くのダイナーゲートに言った。そうしてまた周囲を警戒して観察すると、やっと別の所へ足を運んで別の影の中に身を潜めた
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P7
あの暗号化通信は私に基地内のカメラを全て調査するように言ってきたよね、理にかなってはいるけど……
P7
一部の監視区域には行けないけど、ただちょっとさっきの監視映像にはおかしい所があったのよね……
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P7は周囲を見渡すと、ダイナーゲートに命じて高所の監視カメラに接続させた
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P7
ふふん、わたしに特殊工作のポテンシャルまであるなんて思わなかったわ。このことはきっと指揮官へ自慢できるはず……
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独り言つと再び戦術タブレットを開き、タブレット上の監視映像をチェックした
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P7
ああおかしい、おかしいわ……今日の基地の様子ったら全くもって取り憑かれてるみたいよ
P7
あら、この映像は……FNCがベクターから逃げたのかしら?あのバカ!どうしてまたこっちのエリアの倉庫で泥棒しようとするのよ!見てごらんなさいベクターが追っかけて来てるじゃない……
P7
うん?どうしてM45も捕まってるの?今朝あの子と頭にナイフが刺さった人形が一緒に化粧品を試してるのは見たけど……P90ったら容赦ないわね、M45の顔はただの化粧品の顔料なのにすぐに捕まえちゃって……
P7
うわぁ、Mk23が大泣きしてるわ、泣きながらあっちこっちに銃をぶっ放してるじゃない!はぁ、あの子の傍には近寄らない方が良さそう…
P7
う~ん?あの子何を喚いてるの?拡大して見てみましょ、この口の形はっと……『ダーリンに会いたい、ダーリンに会わせて』?はいはい、甘いわね。私は指揮官に会うために、いま泥棒みたいに身を隠してるってのにね?
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P7は監視映像を興味深々に見ていた。すっかり気に留めていなかった既に映像記録のダウンロードを行ったダイナーゲートが、彼女の傍に歩いてきた
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小さなカボチャの装飾を付けたダイナーゲートはP7を見ると、歩み寄って彼女の靴を前足でふんづける
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P7
……うわぁ!わたしどうしてまたお遊戯を見てんのよ!
P7
仕事よ仕事!次のこっちの監視所は……こっちのエリアは私も入れないし、入る方法もないわね。じゃあ先にこの映像を見れる場所が必要ね
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……15分後
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P7
ずっとそんな気はしてたけどやっぱり間違いないわ!どうりで午後からずっと誰か私の事つけてる奴がいる気がするわけよ
P7
人形かな……だめ、コソコソすばしっこくてハッキリしない……
P7
それに、どうもおかしいわね。今日の監視カメラの映像はどうしてみんな途切れ途切れなのかしら……これじゃまるで……まるで……
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頭をポリポリと掻き、ぶつくさを繰り返していたが、それは思い浮かばなかった
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ダイナーゲートがP7を見て、ビデオカメラの頭部が収縮音を鳴らす
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P7
あ、そうだ!これって信号が妨害されてるみたいじゃない!
P7
前のダイナーゲートの映像記録で周りにもしドローンが飛んでたとしたらこんな風に……あっ、ドローンだわ!
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P7は再び監視映像を何度か早送りした
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P7
今日基地に出て来てるドローンの数が多すぎるように思うわ。でもこれがどういう意味かっていったら……
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このほんの数時間で、P7はかつて例にないほどの警戒と集中力を発揮していた
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足音をたてるのは大敵であり、他人の注視も同様である
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『電子マップで敵がどっちに注目していてどっから来るのか見れれば良かったのに!』
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P7の心中にはずっとそんな文句が浮かばざるを得なかった
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P7
掴まえに来たりしませんように、感染した人形に出くわしませんように、病気はもらいたくないし、死にたくないわよぅ……
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ピピッーー
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P7
うん?指令室に行って上級権限の監視映像を調べよ。そのあと人形のIDデータを収集してホログラフィック監視モニターを再起動すべし。そうして各人形がどう動いていたかを確かめろですって?
P7
い、行くべきかな?もし指揮官に私が勝手に指令室に押し入ったって知られたら、怒られるかもわからないし……
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P7は袖をギュっとしてしばし考えた
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P7
いいわ、行ってやる!まずはこの事件を解決してからよ!
P7
ましてや指揮官なら私を捕まえられたりしないだろうし……ふふっ……
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……指令室前
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ウ――ウ――!
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P7はどうにか指令室まで辿り着いたものの、ここに来て指令室のドアの前でじだんだを踏んでいた
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P7
どうして警報が鳴るのよ!ちょっとドアを引こうとしただけじゃない!
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どこに隠れるべきかはわからずにいたが、そんな時だというのに通信機が鳴り響いた
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P7
全くこんな時になんの通信よ、早いとこ私を助けて――
P7
何ですって?諸事情により、基地は目下のところ警戒レベルを強化中である。監視システムまで辿り付きたくば……ただ強行突破あるのみですって?
P7
ちょっとちょっと、冗談でしょ?これをか弱い私に言ってるわけ!?
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P7は条件反射で両手を挙げた。その後すぐに何かを思い出し、ササッと手を下すと、カクカクと体を背後からの声の方へ向けた
KSVKト
酔いつぶれた者は皆自分は酔っていないというものだ。汝の言う事は信用ならん
KSVKト
こんなところでコソコソと。娘よ、汝は何をするつもりだ?
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P7は少し言葉に詰まると、まるでメンタルのデータが渋滞したかのように、突然どう言うのが良いかがわからなくなってしまった
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「感染はしたくない、死にたくない……」
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そんな思いだけがP7の頭には付きまとっていた
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ちらちらと赤い光が指令室の廊下に瞬き、P7はどうすれば良いかはわからないまま、思わず口を開いた――
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P7
私は指令室に行きたいの!じゃないとみんな廃棄されるわ!
P7
謎の通信……これはそう……運命よ!あれは神さまが私のところへ来られたに違いないわ!上級権限の通信を調べさえすれば、それで全てハッキリするの!
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KSVKは聞き終えるとゆっくりと銃を下ろし、疑わしそうにP7を見た
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KSVKト
すまない、汝は何を言っている?何か隠しているのか?
KSVKト
皆が廃棄される?それで神が汝の元へきて……警報を鳴らしたと?
P7
いやいや、それは暗号通信が私に強行突破しろっていうもんだから警報が……
KSVKト
汝が言っているのは、かの偉大なる底知れぬ深淵、射手座に踊る星屑、冷たき煉獄の焔にして、不完全なる軍勢の第2の指導者、ゴッドジャックスターの事であるな?
P7
なんの神様でもいいわよ、私は指令室に行かなきゃいけないの!
P7
えっと……私が真相を解明できるかはどうかわからないけど、捕まえるならそれからにしてよ。ただ私は本当に感染してないんだけど、うぅぅ……
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KSVKは眉を顰め、ひとり呟いた
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KSVKト
我と同じようにかの偉大なる底知れぬ深淵、射手座に踊る星屑、冷たき煉獄の焔にして、不完全なる軍勢の第2の指導者、ゴッドジャックスターを信仰する同志と巡り会うとは思いもしなかったぞ……
KSVKト
まさに運命の導きではないか。なるほどなるほど、これこそが我がこの場にいる意味であるのだな……
P7
あんた何言ってるの?ウェルロッドさんなら理解できる気がするけど……こういう中二の人形には聴覚モジュールってのが付いてないのかしらね?
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P7が?マークを浮かべていると、KSVKは突然微笑んで彼女に歩み寄った
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P7はまたすぐに強張った
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KSVKト
娘よ、汝に会えてよかった。我は臨時でここの巡回として配属された時に予感があったのだが、汝のことを予感していたのかもしれぬ
KSVKト
この些末な電子警報は我に任せよ。それが済んだらゴッドジャックスターの教えを討論しようではないか!
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P7のメンタルモデルはいまだ悩みでこんがらがったままであった。事態は彼女が思ってもいなかったものへ発展した
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だがしかし…この発展はP7に良い方へと向いていた
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P7
あ、あんた私がセキュリティを突破するの助けてくれるっていうの?
P7
私と……あんたで……言ってらんないわね、ええいやってやるわ!